「お嬢さんお嬢さんどこへいくのですか」
「月よ」
「それはそれは大変ですね。お守りに流れ星のレプリカはいりませんか」
「レプリカなんていらないわ」
「なぜです?レプリカが本物に劣ると誰が決めたのですか?」
そう言って男は私の手に流れ星のレプリカを握らせました。
それはひんやりと冷たく、重みがあって、もしかしたら本物なんじゃないのかと思う程のものでした。
わたしは一度だけそれを見た後、ぎゅっとそれを握りしめました。
なんとなく、なんとなくだけど、本当にそれは私を守ってくれそうでした。
「お代は結構です。旅が成功することを祈っています」
「あなたは何者なの?」
男は綺麗に笑うだけでした。
「という夢を見たんだ。
夢の中で僕は栗色のふわふわとした長い髪に青い瞳のそれはそれは可愛い少女で、そういえばその子は少し君に似ていた気がするよ」
星と月の模様の入ったそれははかせのお気に入りのティーカップで、はかせはそれで紅茶を飲んでいた。
砂糖と紅茶の甘い香りが漂ってくる。
ことん、と音を立ててはかせはティーマットにティーカップをおいた。
はかせは、世界を、言葉を、とても丁寧に扱う。
「そういえば私は宇宙飛行士になる夢をみました」
「それは素敵だね」
この天体望遠鏡や顕微鏡、大量の図鑑、わたしには到底理解できないような難しい言葉の羅列が並んでいるレポートが散らばっている部屋にはかせは驚く程溶け込んでいる。
白い髪の毛だとか、少し汚れた白衣とか、この場所ははかせのためにあるのだとつくづく実感する。
「はかせは宇宙飛行士になろうとは思わなかったんですか」
「なりたいと思ったことはないね」
「どうしてですか」
「ぼくは宇宙に行きたいことが宇宙飛行になることには繋がらなかった」
そう言ってはかせははかせのティータイムに戻っていった。
はかせとの会話は長くは続かない。
はかせとの会話はいつも唐突に始まり、唐突に終る。
(夢の中のあなたはきらきら光る宝石を手に入れた気分なのでしょう。
はたしてそれは綺麗なのでしょうか。
はたしてそれは本物なのでしょうか。
下弦の月は綺麗にわらうだけで、流れ星のレプリカを渡した男は誰で、ほんとうに、偽物には価値がないのでしょうか。)
(夢のなかのあなたはきらきら光る宝石を手に入れた気分なのでしょう。)
(それは燃え尽きた星屑だと言っても、あなたには価値があるものなのでしょう。)
あなたは、星の声を聞いたのでしょうか。