「ブラックホールの作り方を知っているかい?」

はかせは理解するのに時間がかかる質問をいきなりしてくる。
あおいあおい草原の海原が続いている丘の上に、はかせの小さな研究所がある。
辺りは見渡す限り草原が広がっていて、はかせいわく「この世でもっとも星が綺麗に見える場所」なのだそうだ。
心地の良い風が草原に波をたてる。
わたしたちはいつものように研究所の外で空を眺めていた。

「星には重力というものがあって、星が自分の重力に負けたときにブラックホールになるんだよ。
強大な重力は物質も光も脱出できなくさせてしまうんだ」
「尻尾を飲み込む蛇みたいですね」
「意味的には近いものだ。君はセンスがあるよ」

色素の薄い瞳にわたしが映ると、わたしははかせの世界の住人になれた気がして少しだけ安心する。
はかせは、はかせなだけあって、変な言い方だが、とても紳士だ。
人と話す時は必ずその人の目をみて話す。
その人の方を向いて話す。
わたしははかせのそういうところがとても好きだ。

はかせはいつも空を見上げている。
恋焦がれる宇宙を仰いでいる。

「天国は上にあると誰がきめた?それなのに人は天国が上にあると知っている。
本能で宇宙が帰る場所だと知っているからだとは思わないかい?
生命の海だよ。
そこで生まれて、僕らはそこへ帰る。
そこには数字以外の唯一の無限が広がっている。
美しい永遠があるのだ」

そう言ってはかせは愛おしそうに宇宙を見上げる。
たぶんはかせはわたしとは違う視線を生きている。
わたしはすこしでも同じ世界を共有したいと思ってはかせの隣に行って空を仰ぐ。
泣きたくなるくらい今日も空は高かった。