少しずつ切り取られていく世界の真ん中で、わたしは遠くで鳴っている鐘の音をきいていた。
まるで誰かの泣き声のような、ひどく憂鬱になる音だった。
白く脆く広く優しくなっていく世界には吐き気がしていたし、
そんな世界を受け入れることが出来るくらい弱くなるまえに、わたしはこの陳腐な寸劇の幕を降ろそうと思っていた。
名前がまだいえることが救いだった。
今まで疑いもせずに踏み外すこともなかった大地がぽっかりとでかい口をあけてわたしを飲み込むような、そんな裏切られたような、喪失感。
あたりまえがあたりまえでなくなる途中で、誰かが言った。
「許せばいい。そうすれば楽になれるのに。」と。
羊水のような、生暖かい言葉だった。
それを悪くないと思える前に、わたしははやく消えなければと思った。
(脳細胞が死んでいくたびに鐘の音はよく聞こえるようになった。きっとこれは終幕の音だった。)
(聡明なわたしは聡明なまま死ななければならない。)