彼の世界はとても狭い。
突然、私はそれがとても不憫に思えたのです。
「お嬢さん、瞳が揺らいでいますよ」
魚は全てを見透かすように歌うのでした。
私はそっと硝子瓶に触れました。
ひやりとした感触が私を拒んでいるように思えました。
「歪(ひずみ)というものは何処にも存在するものです」
きゅっと目を細め、凛として魚はいいました。
それは私を責めも慰めもしませんでした。
それが、唯一の救いでした。
わたしは、
ゆっくりと、
硝子瓶を、
地面に、
落としました。
「さようなら、お嬢さん」
世界の傷が、汚れが、姿が美化されていく途中で、彼は、世界が壊れる音を聞いたのでしょうか。
私達を遮っていたエメラルドの消えた視界で彼の瞳に私の咽喉は白く映ったのでしょうか。
「さようなら、」
(ああ、私は名前も知らなかったのだ。)
名前の無い彼の世界はとても狭く、そしてとてもとても美しかった。